絵を描いています。演劇もはじめました。
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アイデアは突然ぽーーんとひらめく。
寝ようとしてるとき。歩いているとき。ぼーーとしているとき。
家にいるときに、ひらめくと「わーーー!!!」と叫んで飛び跳ねる。
そして「やったーーー!きたーーー!」と言って喜ぶ。
嬉しくて踊ることもある。
その後、通常通りのテンションに戻る。
おととい、なった。久々だった。
たくさんひらめく時期もあれば、ない時期もある。
これは不思議。
まさに宇宙からのなにかの訪れ。
ない時期はとても辛い。
ひらめくと、イメージを形にしなければならなくなり、
描きたいとかではなくて、描かずにいられなくなる。
そうやって、私は何者かに描かされているのかもしれないな。
私はただの絵を描く道具。絵の具や筆といっしょ。
そんな気がする。
昨日は大学の終業式。修了書とテストの結果をもらって、語学は終了した。
テストは今回はもうダメかな、と思っていたけど、なぜか前回よりも点数が上がっていた。
成績合格と書いてあった。よかった。
9月からは美術学部に。
思ったよりも中国語が話せない。急に中国人だらけの中に放り込まれて大丈夫なのかしら。
たぶんダメだと思う。不安。
だけど楽しみ。
やはり語学の勉強だけよりも、専門分野の方が気持ちが楽。
留学生事務室の先生も、最近は容赦なく早口でしゃべってくる。
「ハイ、わかりました」と私は言ってるけど、内心はヒヤヒヤ。
なんとなくこんなこと言ってるんだろうな、くらいしか分かってない。
夏休みは制作。
テストは今回はもうダメかな、と思っていたけど、なぜか前回よりも点数が上がっていた。
成績合格と書いてあった。よかった。
9月からは美術学部に。
思ったよりも中国語が話せない。急に中国人だらけの中に放り込まれて大丈夫なのかしら。
たぶんダメだと思う。不安。
だけど楽しみ。
やはり語学の勉強だけよりも、専門分野の方が気持ちが楽。
留学生事務室の先生も、最近は容赦なく早口でしゃべってくる。
「ハイ、わかりました」と私は言ってるけど、内心はヒヤヒヤ。
なんとなくこんなこと言ってるんだろうな、くらいしか分かってない。
夏休みは制作。
「こうあるべきだ」「こうでなければならない」が嫌いだ。
けれど、自分の中に凝り固まった考え方の破片が知らないうちに蓄積していることに気づく。
受けてきた教育の影響力は大きい。
学校や家庭教育の中で、生きていく上で大切なことを教わった。
けれどその中には、洗脳のようなものもあって、自分の頭でじっくり考えた結果ではなくて
「そういうものだ」という何となくを信じてしまっていることも多い気がする。
私は美術作家として、ひとつひとつにいつまでも疑問を持っていたいし、
考えを凝り固めるのではなく、常に状況に応じて変化させていきたいと思った。
過去に出した答えも、時々ぐるぐる掻き混ぜてみる必要がある。
最近は、教育と社会について考えてる。
いつでもずっと何かについて考えてる。
考え続けるのは疲れるし、「こうあるべきだ」を信じれば、その方が楽だ。
でも私は、私が私でいられるように考え続けていきたいし、違う価値観を受け入れていきたい。
と、国外に出て改めて感じた。
多様性を、受け入れること。
今日は久しぶりに朝の地下鉄に乗った。
意外なのだけれど、
東京よりも上海の方が朝のラッシュは穏やかだ。
東京では車掌さんがぎゅうぎゅう押し込んで、もう入らないくらいに詰め込むけれど
上海では駆け込み乗車もないし、ある程度電車に人が入ったら、
みんなはすぐに次の電車を待つ。
電車の中でも、東京のような殺気はない。
スーツの人は少ないし、ラフな格好で、焦らずに電車に乗っている。
これくらいがいいなあ。
改めて東京の朝のラッシュは異常だなと感じた。
混んでることに加えて、人々の殺気が半端ない。
あの朝のひとときだけで、生気を吸い取られてしまうくらいの威力があるな、と。
日本のいいところ、上海のいいところを日々の暮らしの中で発見する。
あーお寿司食べたい。
上海来てから、ああーもうだめーーって場面が多い。
でもそれを乗り越えたり、視点が変わったりする瞬間が時々訪れて
その瞬間がものすんごく好き。ジタバタしてるから出会える瞬間。